第二章「武士道の淵源」
・第二章「武士道の淵源」は、仏教から始まっているが、神道と孔子の影響力の二つの中にあると語っている。その淵源の何たるかを問わず、武士道が自己に吸収同化したる本質的なるは少数かつ単純であったとあるように、すでに、日本に古くから存在していた民族的本能が武士道の淵源のベースであった。
・クエーカー教徒の新渡戸稲造が、皇室を全国民共通の遠祖であり、我々の祖先の神聖なる棲所、としているのに驚いた。この本を書いた明治30年代の時代背景を意識したものか?
・現在の学校教育には道徳教育がないので、これから学ぶ『義』『勇』『仁』『礼』『誠』『名誉』『忠義』の精神を、ベースにできればよいのではないか。
・第二章「武士道の淵源」の中に、数多くの外国人の著名人が出てくるが、なじみがあまりなく一人一人を深く知らないと、新渡戸の「武士道の淵源」が深く理解できないのかもしれない。非常に深い内容だと言える。
・サッカーワールドカップの試合で、強国を破った日本の海外の記事の中に、「これが武士道の精神か!」「 世界を揺るがした日本代表に外国人から称賛止まず」 等があったが、武士道が書かれた100年以上前の印象がまだ続いていることに驚く。新渡戸の武士道の影響力が大きいと思う。
・新渡戸稲造は、まさに天才、日本固有の武士道の淵源(源泉)を、海外の人物や国を登場させて海外の人達に解き明かしをしている。
・矢内原忠雄訳が高尚で、難解なので、他の訳本と一緒に読むと分かり易い。(山本博文訳 佐藤全弘訳)
・新渡戸の武士道の淵源(源泉)の考えが、全て正しいとは言えないが、フランスの著名人ド・ラ・マズリエールの文章を紹介しているところなどから、新渡戸の本書に対する海外の印象は大変に強いものだったと言える。
・新渡戸は、その時代、海外に目を向けていることから、当時にしては突出した人物だったと言える。日本人は、出る杭は打たれる、目立つことをすると打たれるような雰囲気もあるので、新渡戸は日本人らしくない日本人だったかもしれない。半面そういった人物が日本をリードしてくれたともいえる。